六等星の瞬き

ひっそりと本(児童書)について書きます。たまに雑記も。

【感想】『ビーグル号世界周航記』ダーウィンが進化論の着想を得た旅の記録

「進化論」で有名なダーウィンが大学を卒業後、イギリス海軍の測量船・ビーグル号に同乗した際の記録。ビーグル号は1831年に周航の旅に出た。この周航記には南米各地の驚くべき自然や人物が生き生きと描かれている。ダーウィンの飽くなき好奇心と洞察力が光る一冊。日本人が訪れるにはハードルが高い南米の風土を感じられる。

概要

ビーグル号世界周航記 ダーウィンは何をみたか (講談社学術文庫)

ビーグル号世界周航記 ダーウィンは何をみたか

チャールズ・ダーウィン 著   /   荒川 秀俊 訳

講談社学術文庫(2010年)

構成:第1章 動物、 第2章 人類、 第3章 地理、 第4章 自然

この講談社学術文庫版は1880年にニューヨークで出版された抜粋版の翻訳。5年間に及ぶ航海を記した学術的な原典から、エッセンスを抜粋し編集したものになっている。古風な銅版画の挿絵があり、250頁程度なので読みやすい。当時のアメリカの少年少女に推奨されていたというだけあって、子供でも親しめる内容だった。

見たこともない情景や自然の驚異が描かれている点が魅力的で、ワクワクする冒険のような感覚が味わえる。ただ、描かれる約200年前の世界は、現代人にとって考えさせられる点も多かった。

印象に残った点を中心に個人的な感想

野生動物と人間の関わり

今では希少動物になっている動物を割と簡単に殺している点が、現代の常識からすると新鮮に映る。乱獲や大規模な自然破壊をしなければ、そうした行為は大きな問題にならなかったし、自然の中のバランスで済んでいたんだろう。まだ原風景が残る200年前の南米では、野生動物に関して調べたいことがあるのなら、数個体獲ってみてつぶさに観察できる。そこに住む先住民たちの良い食料源にもなった。この本には実際に希少動物を味わっている場面もあり、興味深い。しかし現代の動物たちは絶滅を防ぐための制約でがんじがらめになってしまった。その後の200年足らずの間に人間は、それまでとは比べ物にならないスピードと威力を持って自然界に進出していったのだと感じた。

南米の先住民

この本には「人類」の章もある。南米に住む人々の生活や気質を克明に描いている。その語り口からは人間を動物の一種族としてとらえる視点を感じる。冷静に観察しているが、決して冷酷さは感じなかった。現地人の持っている驚くべき技に対して、素直に感動し、自らも挑戦してみるダーウィンの姿が微笑ましい。19世紀、当時の覇権国家であるイギリス国民が当然に持っていたような、原始的な民族に対する優越的な感覚はダーウィンも持っていただろう。それでも当時の人にしては相当先進的で、素朴さも持ち合わせた人物だったと思う。

その反面、土地の統治者が先住民を狩って数十人を殺害していたり、奴隷として売り飛ばしていたりする様子も描写されている。その後、世界で奴隷制度が廃止されても現地には相当の禍根が残ったことが想像できる。この本に登場する部族も、現在は既に存在していないのかもしれない。南米各地で行われていた悲惨な出来事を単に事実として知るのではなく、その場に居合わせた人の目線や主観で知ることができるというのは本という媒体の特性だと思う。

 ダーウィンが体験した地震

チリで遭遇した地震に対して「地震だけでもある国の繁栄を破壊するに十分」と衝撃を書き綴っている。地震に馴染みのない人の視点で語られると、その脅威を改めて実感できた。本文中で母国・イギリスでの地震発生を本気で心配しているが、現在のところ大きな被害は無さそうに思える。局地的な被害であることが多い地震。なんだか不公平な気がする。常に地震と隣り合わせの日本の経済的損失は計り知れない。いくら勤勉に働こうとも数十秒の揺れですべてが無、それ以上のマイナスになってしまう。自然には抗えないし、なす術もない。完全に復興しているとは思えないし、まだ渦中にあるけれど「よく立ち直ってきたな…」という気持ちになった。

 

 

仙人のような髭の風貌のイメージが強く、「進化論」「種の起源」といったキーワードで語られることの多いダーウィン。この周航記では淡々とした観察文のなかに、子供のような好奇心やイギリス人らしい皮肉混じりのジョークがあり、ちょっと親しみやすさがあった。

そして目の前の事象に先入観を抱かず、新たな視点で観察する人という印象を受けた。キリスト教の価値観が支配する社会で進化論を唱えるのは容易ではないはず。ダーウィン自身の特性と南米での緻密な観察が土壌になって進化論に至ったのだろうと感じた。

 

お読みいただきありがとうございました。

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