六等星の瞬き

ひっそりと本(児童書)について書きます。たまに雑記も。

【紹介】ハッピーバースデー~命かがやく瞬間~(青木和雄)【感想】

人生で「初読時の衝撃が忘れられない本」、「涙が出てくる本」はいくつかあって、読んだ時の情景まで鮮明に記憶しています。その中の1冊がこの本です。

 

具体的にどの部分で泣いたかなんて憶えていないのですが、心を揺さぶられた想い出があります。

ハッピーバースデー 命かがやく瞬間(とき) (フォア文庫)

私は小学4年か5年のころにハードカバー版で読み、大人になって再読。昔から、タイトルと花束を抱えた女の子の表紙が印象的でした。

全体を覆うダークトーンの色調にどこか暗く、寂しげな瞳の少女。対して抱えきれないほどの太陽に向かって咲く夏の花、向日葵。そしてタイトルがハッピーバースデー…。今改めて見ると、本書の内容を一枚で物語る良い表紙です。

小学校4~5年くらいのときはいじめやクラス内の人間関係を扱うシリアス児童書を読みまくっていたのですが、そのなかでも本作は虐待を描いていて衝撃でした。虐待といっても「殴る、蹴る」みたいなものではなくて、言葉の暴力の残酷さです。そして虐待は連鎖するということを知った本でもあります。

あらすじ

小学5年生のあすかは母・静代から、日々精神的虐待を受けていた。静代は出来の良いあすかの兄・直人と比べて要領がよくないあすかをうまく愛せずにいた。加えてあすかが16歳で早逝した静代の姉・春野に似ていることが心の傷をえぐる。静代の幼少期、病気がちだった春野にすべて両親の愛が向いており、自身も寂しい思いをしてきたのだ。

あすかが11歳の誕生日を迎えたその日、直人から暴言を吐かれ、静代からは「生まなければよかった」という言葉を聞く。そのショックから声を失ったあすかは母方の祖父母の家で療養を始める。祖父母の家庭、転校先の学校で怒涛の出来事を経験し、あすかは静代の心の奥底を知るようになる。出会いや経験によりあすかは一段の成長を遂げる。

個人的見所・印象に残る点

群像劇

話は主人公あすかを中心に進みます。児童はあすかに感情移入・共鳴しながら読み、教室の人間関係等は自分を物語の中に置いて感じようとするでしょう。けれどもこの話は群像劇として、自分が年齢を重ねると違った視点から見えてくることがあります。

いじめも虐待も絶対にダメですが、登場人物全員に何かしら共感できるポイントが有り、「私もこの状況ならこういう行動をとってしまうかもしれない」と思う部分があります。

小学生の当時はあすかの境遇にばかり目が行って「悲惨な物語」という感覚が強かったのです。教室のいじめなど、身近にあるような要素が多かったからかもしれません。でも読み返してみると、自分の記憶とはちょっと違う印象を受けました。大人になってから読むとあすか視点だけではない部分を感じ取れたり、自分が重きを置く場面が違ったりするからだと思います。このような楽しみ方は児童書一般にいえる魅力だといえます。

人間模様はまるで帆掛け船

療養中、深い愛情であすかを癒す祖父母。作中では良き人物として描かれますが、かつて静代にうまく愛情を注げなかった2人でもあります。病弱な春野の看病や治療に一生懸命だったとはいえ、静代に対する態度は冷酷すぎるような気がします。そういった過去を悔いていることを描写しているシーンもあります。いずれにせよ、あすかと静代の悲劇の要因の一つであるのは確かです。

このように人物ごとの見方によって、全く違う性質をもった登場人物が現れるところが面白いです。折り目を変えると上下左右が変化する折り紙の帆掛け船(だまし船)のように…。

意外なカタルシス

この本はシリアスが強めで心躍る冒険があるわけではありません。だから読んでいて面白くないのかといえば、そんなことはありません。あすかは繊細そうにみえて意外に男前なところがあって教室では特にあすかの行動が風を巻き起こし、現状を打開するきっかけになっています。

また母があすかをうまく愛せない理由、それはあすか自身が辿り着く真相です。祖父母の家には春野、あすか、直人の誕生記念樹はあるのに静代の記念樹はない…。

何故?という疑問を出発点に、静代に関してどこか頑なだった祖父母の心を溶かしていきます。静代の心の闇や幼少期の記憶はあすか視点で描かれるので読者も引き込まれてしまいます。一種の謎解きめいた感覚でしょうか。

あすかのみならず、他の登場人物の心境が変化し事態が好転していきます。

子供時代→大人の2度読みをしてほしい

最後は色々な人の気持ちがほぐれていって、ハッピーエンド。大人になった自分はその展開に対して心の片隅で「そんなにうまいこと行くかな?」と考えてしまいます。重いテーマを扱っているからこそ、現実の更なる残酷さに思いを巡らせてしまうのです。

実際、いじめや虐待の根絶は困難で、人の気持ちはなかなか変わらず、抜け道もわからない…。最悪そのまま死に至ってしまうこともある。「現実はこんなに上手く収束するだろうか」と純粋でない自分が囁きます。

勿論、創作・フィクションは「事実ありのままではない」から魅力がありますし、現実性や整合性に終始するのは本質でないと思うので本書の展開は好きです。初読は児童のころに読むのがおススメで、成長してから再読すると自身の心の変化が分かってさらに良いと思います。

雑感&最後に

いじめや虐待を描いた児童書は少なくないと思うのですが、本書は細部の人物の言動描写が妙に印象に残ります。独特なリアルっぽさがあるんです。

このハッピーバースデー、大人向けに加筆されたものがあるらしく、一時は社会的ブームになったとか。全く知りませんでした。漫画化やアニメ映画化もしていて結構有名な作品だそうです。作者の方は心理学を専攻、教師や教育カウンセラーを経験されている方のようで、ご自身の実感や体験を織り込んで書いているのでしょう。

ちなみに同作者の『ハードル』上下巻。これも大昔に読んだのですが、なかなかパンチのある作品でした。うろ覚えですが、割と救いがない話だったような…?これは読み返せていないので読んでみたいです。

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