六等星の瞬き

ひっそりと本(児童書)について書きます。たまに雑記も。

【紹介】『黒魔女さんのバレンタイン』5年生編13巻【感想】

タイトルからして魔界冒険編かと思いきや、日常に近いお話。バレンタインに浮かれるチョコの周囲の人々や男子たちが結成している「義理チョコ委員会」の暗躍など、面白おかしい日常の騒動を描きつつ、後半は師匠のギュービッドを巡るほろ苦いバレンタインの話。チョコの言動にパンチ力のある展開です。

黒魔女さんのバレンタイン 黒魔女さんが通る!! PART13 (講談社青い鳥文庫)

石崎洋司作、藤田香絵。『黒魔女さんが通る‼』シリーズ13巻目(初版2010年)。

何の前置きもなく登場人物名を出すので、このシリーズを読んだことがある人向けです。本筋に関してはネタバレしていませんが、ディティールについてはネタバレしております。

雑感(シリーズ開始からの変化?)

シリーズ開始から5年ですから、初期の読者は離脱する or 小学生ではなくなっていた頃でしょう。憶測の域を出ませんが、児童書としては変化の時期でもあると思います。

当時、久しぶりに児童書コーナーを通りかかって、この巻に驚きを感じた記憶があります。青い鳥文庫というレーベル名に反して、ピンクのバレンタイン仕様のカバー。表紙絵の構図もだいぶ変わっている。そしてやたらと詳細な人物相関図がついている。

あと、かなり挿絵自体の雰囲気が変わったと感じていました。キャラはかなり可愛い感じに描かれるように。個人的には、ギュービッドのサラサラ前髪、ギュービッドや暗御留燃阿等のクールビューティさが際立つ1巻~7巻あたりの挿絵の方が好きでしたね。主人公チョコをはじめとして、全体的にちょっぴり陰気さを含んだ感じもツボ。

とはいえ、この13巻あたりになってくると、魔界グッズ(国民的アニメでいうところのひみつ道具みたいなもの)の登場が増え、クラスの仲も良くなり、最初の巻のようなダークさが減っていくので、挿絵の雰囲気が変わるのは自然な流れですね。

各話の簡単な紹介 & 感想

第一話 黒魔女さんの「女子力アップ講座」

昇級のために黒魔法の知識問題を勉強するチョコとギュービッド。ひょんなことから「女子力診断テスト」に回答した2人の点数は低く、ギュービッドは魔女学校時代の同級生・桜田桃香に「女子力アップ講座」を依頼する。

チョコの通う小学校前の文房具屋にギュービッドの同級生である魔女達が集っているという状況(12巻『黒魔女さんのお正月』に経緯あり)。6巻と7巻でギュービッドを陥れ、魔女学校を裏切った暗御留燃阿も降格され、かつての同級生の下で再修行する身に。そういう事情もあってか、この巻では終始しおらしい感じで、戸惑いました。6巻ラストの悪役全開っぷりも魅力だったので尚更。「そんなキャラだった?」という違和感の理由は、ある方のブログ記事*1を読んで腑に落ちました。

ギュービッドと黒雷毬音(こちらも同級生)の知られざる親友エピソードが素敵。2人がそれぞれ身に着けているコートと着物には金襴(金箔を混ぜた糸)で揃いの刺繍が施されている。「金のようにかたく、蘭の花のようにかぐわしい、強い絆」という友情をあらわす「金蘭の交わり」を示すもの。「きんらん」の語感で掛けているんですね。「金蘭の交わり」は中国古典の『易経』由来の言葉らしいですが、それを題材にして洒落たエピソードに落とし込むのは技ですね。「金蘭の交わり」のくだりは後に生きてくる伏線だったりもします。

チョコの身の回りにも変化が。強力な黒魔法使いの大形の監視役となったために、一緒にいる時間が増えてくる。シリーズ初期からの定番である麻倉と東海寺のバトルも、大形に対する共闘路線になっていて面白い。

第二話 秘密結社「義理チョコ委員会」

本命チョコではなく、義理チョコをもらうのが一番の価値という信念に基づいて『義理チョコ委員会』という秘密結社を結成する男子たち。バレンタインのチョコ交換を巡って議論する5年1組。ドタバタ騒動なようで、どこか牧歌的な雰囲気。委員会のリーダーの先輩や横綱のいとこ、桃花のボーイフレンド等、他学年の登場人物もいい味を出しています。

第一話と第三話の幕間のように、謎の人物の情報を残しながら第三話に続く。

第三話 黒魔女さんのバレンタイン

扉絵はギュービッドと、その想い人かつ師匠のエクソノーム。背中合わせの構図で、顔がぼやかされているのが、かなうことない大人の悲恋という印象が強い。

1巻から堕落した王族の第二王子という設定で登場し、7巻「黒魔女さんのハロウィーン」ではギュービッドを裏切り敵に売るなど、結構出番が多いエクソノーム。この巻では煮え切らない残酷な優しさを見せつける。

長年想いを寄せるエクソノームにバレンタインチョコを渡そうと張り切るギュービッド。ところが当日、エクソノームが貴族の娘と婚約というニュースが飛び込んできた。そんななか、エクソノームはギュービッドに会いにやってくる。そして想い出と別れの品を兼ねた砂時計を渡して去っていく。それは一定以上の魔力がある者にだけ、2人の想い出のシーンが浮かび上がるという代物。砂時計を眺めながら想い出に浸るギュービッドを見て、釈然としない気持ちになるチョコ。最終的には砂時計を叩き割ってしまう。

砂時計叩き割りシーンは衝撃で、「え…!」となった記憶があります。うまく言語化できないのですが、実際に読んでいたらそこに至るまでの心の動きは理解できる。同時に主人公としての型破りな描写を改めて感じた場面でもありました。心に残る場面TOP3には入りそう。

自分が踏み込めない相手の内面、自分には見えない2人の想い出や、強がっているようで割り切れず弱気になる姿をみて、居てもたってもいられない気持ちは丁寧に描写されている。けれど「砂時計、割って」(233頁)と命令して自ら割ることを促し、更に畳みかけるのが凄すぎる。そして結局、相手の唯一無二の宝物を叩き壊すのも…。叩き壊した後にひどく後悔して悩むまでの一連のモノローグが心に刺さる。

こんなシチュエーションは無いにしても、自分の行いを後悔し、考えても理由が分からないという経験は身に覚えがある人も多いのではないでしょうか。

にしても、自分の姿を象った魔法の砂時計をあげてしまうエクソノームのセンスが罪作りです…。

居なくなってしまったギュービッドを探すため、日没後の街に飛び出すチョコ。その過程で、ギュービッドと黒雷を目の敵にするライバルが黒雷の命を狙っていると知る。黒雷を救うため、師匠を悲しませないため、必死で奮闘するチョコ。大形のナイスアシストが効く。そして物語はクライマックスへ。

総じて

ピンクのラブリー表紙と裏表紙のお気楽なあらすじもあって、読む前はビターな雰囲気を予想していませんでした。個人的に第三話はシリーズ全体を通してみても、インパクトが強かったです。そして今も色褪せていません。

3話とも共通のテーマで学校、師弟関係、長年の片想い等、様々な立場のバレンタインが活写されていて、楽しく読めると思います。

 

お読みいただきありがとうございました。

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