六等星の瞬き

ひっそりと本(児童書)について書きます。たまに雑記も。

【黒魔女さん魔界長編】『黒魔女さんのハロウィーン』5年生編7巻【感想】

黒魔女さんが通る!!石崎洋司作、藤田香絵)シリーズの中で読者人気が高いであろうハロウィーン

6巻からの流れが本当に最高!師弟愛あり、魔界の権力闘争あり、大人の悲恋あり、友情ありの盛沢山、主人公チョコの真骨頂が発揮されるシリアス長編です。

 

このシリーズは東京のはずれの街が舞台の「日常×黒魔法」といった雰囲気の3話構成が基本ですが、時折魔界長編の巻があります。最初の魔界長編が4巻。

この5年生編7巻(初版2007年)は魔界編として第二弾にあたりますが、黒魔女さん本編を全く知らない人でも楽しめるくらい完成度が高いと思います。とはいえ、この記事はシリーズを読んだことがある人向けです。ネタバレありです。

魅力

小学生当時、1~6巻までは「おもしろいシリーズで好き」という感覚だったのですが、7巻で心を掴まれて完全に落ちました。そういう読者、私の他にもいるんじゃないかな…?

「対象年齢から外れた」というのも大きいのですが、作風や画風が変わったと感じて11巻あたりから長いブランク期間がありました。シリーズを読まなくなる時期があっても、この巻を読み返すと続きを読みたい、完結まで追いたいという気持ちになるのです。

この巻では5年1組勢は登場するものの蚊帳の外状態なので、主人公師弟+魔界の登場人物が好きな人に人気なのでしょうか。好きなキャラクターがあまり登場しなかったとしても、シリーズの重要な要素が多く登場する巻であることは確かですね。主人公チョコと師匠ギュービッドの関係のターニングポイントでもあります。

黒魔女さんのハロウィーン -黒魔女さんが通る!! PART7- (講談社青い鳥文庫)

表紙が素敵すぎる。画法にはくわしくないですが、表紙の一枚絵として計算された美しさを感じます。全体のトーンや船のモチーフはダーク感。既刊のなかでもかなり好きです。

 あらすじ

魔界には「他人のインストラクター契約を邪魔してはならない、妨害呪文を唱えた場合には魔界の牢獄行き」という掟がある。主人公・チョコの師匠であるギュービッドは、何も知らない人間の女の子が黒魔女に騙されて魂を抜かれかかっているのを見過ごせず、禁断の契約妨害呪文を唱えてしまう。牢獄行きも覚悟した思案の末の行動だったが、魔界警察に追われ、チョコの前からも姿を消す。今まで渋々黒魔女修行をしており、慕いつつも反発することもあったチョコ。失ってからその大切さを切実に感じ、ギュービッドさまを助けるためハロウィーン前夜の魔界を奔走する!

 

上の経緯は6巻の第3話「黒魔女さんの運動会」に詳しく書かれています。運動音痴なチョコは運動会に一苦労。その様子をコミカルに描くのですが、ラストで見事などんでん返し。一貫したチョコの一人称語りなのでギュービッド側の心情・事情は分からないため、驚きが引き立ちます。

運動会の朝のシーン(6巻、232頁)はシリーズ中でも屈指の名シーンだと思います。ギュービッド側からすると別れの朝だけどチョコは全く別れを意識していません。互いの抱く気持ちが違っていて切ない。藤田先生の挿絵も抜群の効果です。

個人的に好きな場面

7巻に関しては「全部!」という感じなのですが、厳選して6つほど。

序盤の引き

初めて読んでも経緯が分かる説明を一人称語りの中で済ませつつ、チョコにとってのギュービッドの大切さが読者にも伝わる。

あたしにとってギュービッドさまは、最高のお友達で、最高のおねえちゃんで、最高の先輩で、最高のインストラクター魔女(13頁)。

メイン師弟の関係が一文に表現されていて、何度読み返しても良い!と思います。

魔界の権力闘争と黒幕

一連の騒動は仕組まれたことでした。作中の魔界は固定身分制で貴族が力を握っています。とある伯爵が自身の学園の勢力で魔界を席巻する計画を立てます。お騒がせ黒魔女として有名なギュービッドを陥れ、魔女学校を巻き込んで大きな騒動に発展させて魔女学校ごと取り潰す策略でした。

魔女学校を裏切り、この策略に協力したのがかつての大親友・暗御留燃阿想い人で師匠・エクソノーム。ギュービッドは大親友と想い人に裏切られる辛い状況です。私はギュービッド好き人間なのですが、裏切るこの二人も好きです。そしてエクソノームは地味に作者オリジナルキャラですね。1巻では既にキーパーソンとして登場しています。今後のギュービッドの進退にも関わってくるのでしょうか。

青い鳥文庫シリーズ7巻目ということで分量や対象年齢を考慮した結果、本編では主人公の動きに光を当てているのでしょう。でも裏事情だけで長編書けそうですね。YAエンターテインメント等で少し年齢層を上げた黒魔女さんを読んでみたかったり…。

7巻の序盤の魔界警察捜査官とギュービッドのやり取りが好きですね。心なしか二人とも悪役っぽい感じのする台詞回し。くやしそうに顔をゆがめるギュービッドも良い。チョコとのやり取りではまず見られない一面ですからね。暗御留燃阿ともそんな感じの台詞の応酬があったら面白そう。暗御留燃阿との3巻の言い合いシーンが好きですね。

地下道での体温を感じながらのお別れ

魔界警察から逃げる一行。仲間の中に裏切り者がいるという情報を知ったギュービッドはチョコの安全を優先して、人間界に帰そうとします。

「誰が裏切り者なんだろう?」というチョコのセリフに対して、疑心暗鬼に陥ること、戦いになって命まで危なくなることを指摘して家に帰ることを説得する流れが鮮やか、そこからの別れシーンが心に残ります。普段は情に厚くてお茶目なギュービッドですが、ここでは冷静に「弟子の安全をはかるのはインストラクター魔女の大切な仕事」(154頁)と断言する。この大人な感じが昔から好きでした。

このあいだみたいに急にギュービッドがいなくなったのも悲しかったけど、こうやって腕の中で、体温を感じながらのお別れは、何百倍も何千倍も悲しい…。(155頁)

別れの抱擁シーンでのチョコのモノローグです。別れや喪失にも様々な種類があり、一つとして同じものはないということを、大人になって読み直して改めて実感しました。くだけた文章が多いように見えますが、この辺の繊細さが黒魔女さんの魅力の一つだと思います。

このシーンに限らず、黒魔女さんシリーズの別れ・見送りの場面は印象的な台詞やシチュエーションが多くあり、ぐっときます。

メリュジーヌ先生の初登場巻

魔女学校の校長先生、メリュジーヌ先生。7巻で初登場と思えないほどの存在感ですね。厳しくも暖かく、突き放すようで優しい。初登場シーンの台詞やギュービッドとのやりとりは心に染みます。

学校始まって以来の問題児のギュービッドのことを「あの子は頭のいい子です」(214頁)と評しているのもいい。

蛇の姿でチョコのもとに現れるメリュジーヌとチョコの会話になんだかお互いへの対抗意識が感じられます。それにしても最高段位のメリュジーヌ先生に挑んでいくチョコは凄いですね。チョコが大切な教え子であるギュービッドですら知らないメリュジーヌ先生の正体を、知っているというのも良いですね。

知られざるギュービッドの一面

天才肌で不敵、お茶目で時折大人という前巻までのイメージを大きく変えるのが7巻。この巻でも途中まではいつもの雰囲気。チョコと桃花と感動の再会をしても不敵な笑み、仲間を救うため危険を承知で魔界に飛び込み、捜査官に脅されても八方ふさがりで敵に囲まれても応戦する気満々。

ところがエクソノームただ一人に裏切られた瞬間、別人のような気弱さ(度の過ぎた自己犠牲にも近い)を見せます。更に追い打ちをかけるのは大親友と思っていた暗御留燃阿の裏切り。

ギュービッド、裏切った側のエクソノーム、暗御留燃阿など、大人の闇が垣間見れるのも7巻の魅力。美人で優等生の暗御留燃阿は天才肌のギュービッドに対してコンプレックスを抱いていますし、明るいキャラのギュービッドも「自分なんて」という自己否定・自己犠牲的な描かれ方をしているときがあります。

チョコの根性と真骨頂

終盤、戦意喪失したギュービッドの姿を見てからの活躍がすさまじい。多少無茶感があるのも読んでいてハラハラできます。「牛男」呼ばわりしながら王族の馬車を止め、足をねじ込んで説得に励む主人公、なかなかいませんよね(笑)

そんな必死な泥臭さの中でもチョコは鋭い台詞を放ちます。ギュービッドを助けるように頼むチョコに対してエクソノームは、

「いまさら、もどってなにになる。わたしはギュービッドと王立魔女学校をうらぎった。死の国となるほか、わたしが生きていく道はないのだ。」

エクソノームは王位を継げないことで堕落した生活を送り、裏切った手前、後戻りできないあきらめをにじませています。諦念と後悔が表れています。手酷い裏切り、7巻以降も優柔不断なエクソノームですが、この割り切れなさが結構好きですね。

 

対してチョコは、

「ギュービッドさまがどんなにあなたのことを好きだったか、わかってるんでしょ。そんな気持ちを、二度もふみにじって、死の国の王なんてつとまると思ってるの?」(221頁)

この台詞の後、近くにいる家来のことを引き合いに出しながら、いつか裏切られるかもしれないという思いを抱かせていると指摘します。上に立つ者のありかたを言い当てています。児童書の主人公らしくないドライなチョコは本質を見抜ける格好良さも持ち合わせています。絶妙な主人公です。

余談ですが、最後の裁判シーンでギュービッドとエクソノームのインストラクター契約を証明するため、エクソノームの王家の紋章をギュービッドの腕に当てると「真っ白な肌に契約のしるしが浮き上がる」というくだり、妙に雰囲気がありますね。師弟の契約で肌に紋章って、どんな契約内容なんだろう(笑)。黒魔女さん特有の束縛感があります。

 

この7巻では師弟の絆がメインですが、メリュジーヌ&チョコエクソノーム&チョコといったほぼ初対面に近い大人との会話シーンに緊張感があるのも見所です。

2020年は黒魔女さん15周年

当たり前ですけど、対象年齢どまんなかの小学生の子たちは産まれていないんですね。個人的には「新しいタイプの児童書」イメージがずっとあるので、なんだか信じられないです。十分古株のシリーズですね。

現在、本編もラストに近づいている感覚があります。巻数もかなり多いので、まず魔界を舞台にした特別長編を中心に感想記事を書いていけたらなあと思います。ブログを始めた間接的なきっかけは黒魔女さんなので、本編が動いている間に色々と語っていきたいです。

 

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