六等星の瞬き

ひっそりと本(児童書)について書きます。たまに雑記も。

『カラマーゾフの兄弟』、素人目線の読書記録

カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー)は面白かった。でもそれは現代の日本の小説に対して使う「面白い」と随分違ったニュアンスで、「よく分からないなりに頑張って読み進めると次第に酔わされる感じで熱い」という感覚なのです。

 

よく登場人物の名前、難解な思想、超長台詞、キリスト教の知識がネックといわれ、手に取るハードルが高い。しかも今どきロシア文学(というより海外古典)なんて流行らない。

でも思うのは「そんなことは脇に置いといて、難解な云々…という前にエンターテインメント」ということ。堅苦しいイメージは読後にどこかに飛んでいきました。喜劇っぽい場面も多いです。一般に知られているあらすじとも違った印象があり、私はサイドストーリー的な部分が好きでした。そこで初読時(数年前)の印象や感想を混ぜつつ、読書記録&体験記的な感じで書いていこうと思います。

動機

度々このブログで語っているNO.6という作品には海外文学の古典が引用されていて、最も多用されているのがハムレットマクベス。その影響でシェイクスピアを読んで、苦手だと思っていた海外作品に興味が出てきました。そして「大学生=ドストエフスキーを読んでそう」というイメージから「読んでみようかな、カラマーゾフ」という軽い気持ちで全3巻の文庫を買いました。図書館で借りたら挫折していたと思います。

私が読んだのは新潮社(原卓也訳)版。この記事では新潮社版準拠で書きます。

3巻並ぶと面白いですね。この表紙センス。新潮文庫ってちょくちょくユニークなデザインの表紙がありません?ロシア文学だと作家の顔だったり、三島由紀夫だと明朝体の文字のみだったり…。シンプルイズベストで好きですけどね!

カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)カラマーゾフの兄弟〈中〉 (新潮文庫)カラマーゾフの兄弟〈下〉 (新潮文庫) 

上巻が鬼門⁉

一般に知られているあらすじは「淫蕩な父親のもとに生まれた三兄弟が父親の遺産を奪い合う。そして発生する父親殺し」みたいなものだと思います。

でもなかなかそこにたどり着かないし、事件が起こらない。上巻はしょっぱなから、作家の言葉→ロシア名盛沢山の人物紹介&家系についての文章がつづられるので、面白くない…と感じるかもしれません。

初読の時は上巻に良い思い出がありません。

中巻の帯の「上巻読むのに4か月。一気に3日で中下巻!」という金原ひとみさんの推薦文。上巻を読んでるときは信じられなかったのですが、推薦文の通りでした。さすがに中下巻三日ではないけど、上巻の4分の1の時間で読めました。私は本を読むときに一冊一冊順番に読まずに数冊同時並行&読みかけ積読をするのですが、上巻は途中の空白も含め4か月かかりましたね。

今現在再読中なのですが、二度目だと「こんなに面白かったっけ⁉」と思うくらい印象が変わるのです(特に上巻の事件が起こる前の会話部分)

 最低限の登場人物(呼び名)

アレクセイ(アリョーシャ、アリョーシカ、アリョーシェチカ)

二十歳くらい。「私の大好きな主人公」byドストエフスキー、「天使」by作中の色んな人。
敬虔な修道士。おとなしく物静かだが、それだけではない魅力。美青年。基本的に作中ではアリョーシャ呼び。イワンと母親が同じ。

イワン(ワーニャ、ワーネチカ

24歳。苦労人だが、知性も実行力も抜きんでている。何故かひょっこり町に帰ってきた。アリョーシャと母親が同じ。

ドミートリイ(ミーチャ、ミーチカ、ミーチェニカ)

28歳の軍人。悪い奴ではないが色々と破天荒。高貴な淫蕩。第8編「ミーチャ」は激情的。金と女性を巡り、親父と泥沼化。アリョーシャ、イワンとは異母兄弟。

フョードル・パーヴロウィチ・カラマーゾフ

上記3名の親父。俗物で女にだらしない。常識外れだが、自分の財産を処理するうえではやり手。郡の地主。どうしようもないタイプだけど、なんだか憎めない。

 スメルジャコフ(パーヴェル・フョードロウィチ・スメルジャコフ)

24歳。食えない奴。なんか底知れない。だが再読するとなんだか心を打たれてしまう。料理の腕が良い。カラマーゾフ家の召使。フョードロウィチという父称はフョードルの息子という意味だが…

 ラキーチン(ラキートカ、ミーシャ)

出世主義者の神学生。アリョーシャの多面性を引き出してくれる。もっと重要な人物がいる気がしますが、個人的に主人公とのかかわりの上で割とキーパーソンだと思います。

 

以上は男性の登場人物、加えて女性も順次登場してきます!三兄弟のそれぞれと個性的な関係を持っています。他にも人物が続々登場するので、その度に名前を控えれば後で困りません。登場人物によって本名で呼んだり、愛称(原形がないような)で呼んだりとバラバラです。読者が慣れてくると、人物同士の間柄や場面によって変わる呼称が楽しくなる。

 作中で発生すること

  • 神父、兄弟、親戚を巻き込んで、親父が修道院で道化じみた狂言を演じる。
  • 純真な主人公、アリョーシャが女の戦いに巻き込まれる。
  • アリョーシャが通りすがりの中学生(実はキーパーソン)に指を噛まれる。
  • 14歳の少女からラブレターを渡される。結婚承諾。しかも全部監視するといわれる。いいのか⁉ アリョーシャ。
  • アリョーシャ、修道僧服で生け垣や壁を乗り越える身軽さ。気になって仕方なかった(笑)。
  • ギターを持ったスメルジャコフ。アリョーシャ、スメの逢引きを目撃。
  • 天使アリョーシャが「銃殺です!」と口走る。
  • イワンがアリョーシャに「ちょっと10分」といいつつ、数十ページにわたる叙事詩「大審問官」(宗教色強い)を聞かせる。イワンはこれまで2行の詩も書いたことがないらしい。
  • 兄イワンからアリョーシャへ愛情の告白。
  • アリョーシャが尊敬するゾシマ長老ロシア正教会修道院の長老、アリョーシャが敬愛)が死ぬ→腐る→大騒ぎ。
  • 蜘蛛の糸」ならぬ「一本の葱」という寓話。

断片的にエピソードを抜き出してみたのですが、これは中巻の序盤までのごく一部の出来事でしかありません。いわゆる「本筋」については、あまり言及していません。どこかぶっ飛んだ気配を感じませんか?こういう部分が挫折ポイントであり、面白ポイントでもあります。

非現実なほどに立て続けに起こるドタバタ劇と長台詞。その中に真理めいたことや人間の本質が見え隠れします。自分と全く共通しない状況なのに、共感を覚えたり…。

 雑感

  • ことあるごとに叫ぶ、笑い出す、泣き出す、失神する、接吻キリスト教な祝福や感情の発露)、時に大地に接吻etc.とにかく激しい。
  • 「 → 」の間に数ページかかるのは普通。台詞の中で別の時間軸の物語が展開する。台詞を読んでいることを忘れかける。
  • 度々登場する「私」という語り手(作家自身)。説明するし、私見も述べてくる。
  • 再三強調される「これは過去の話、続きがある」。現在知られているこの長編は実は未完。ドストエフスキーは続編を書く気バリバリでした(脱稿直後に死去)。ちなみに続編でアレクセイは大変なことになるんだそうで…。幻の第二部、読みたい。

 こんな人におすすめ!

  • 毛色の異なる本を読んでみたい
  • 生を味わいたい。死を味わいたい。
  • 人間とは、罪とは、罰とは、に興味がある。
  • キリスト教に興味がある。
  • 登場人物は濃い方が好き。
  • 一見純真無垢そうだが、底知れない主人公が好き。
  • カオスを味わいたい。
  • 最近の話題書なんて軟弱なんだよ!という方。
  • 癖のあるエンタメ展開が好き。
  • 考察好き、深読み好きetc.

以上、独断と偏見と好みに基づいてあげてみました。これに該当しない人も読んでみて損はないと思いますよ。児童書ブログ的には「濃い登場人物」を推したいですね。昨今の児童書人気シリーズは「キャラが濃い」作品が多いと思います。対して一般小説では人物の個性が薄め、表現が抑えめな気がします。その点では余すところなく濃いので満足できるかと。そして見かけ上の濃さではない人間たちがいます。

逆にこの小説を現代の出版社に持ち込んだら、却下もしくは修正されるかもしれないなあと感じました。19世紀の近代だからこそ生まれるパワーの持った文学だと思います。

魅力

  1. 一般的に言われているところだと、父親殺しの犯人を巡る推理小説部分。裁判の模様も詳細で面白い。
  2. 並行するサイドストーリー。上記の「作中で発生すること」に断片的に書きましたが、幾人ものストーリーが同時並行します。
  3. 感情ひとつ伝えるのも台詞が個性的。台詞を裏打ちする登場人物自身の思想や信条が様々だからこそ、そしてそれを大胆に表現するから心が動く。
  4. 現代の日本の読者が、作中世界と大きく隔たったところにいるからこその新鮮味。この隔絶感は海外文学のスパイス。
    一冊で何回も楽しめる→解説本も充実しているから。

4の点で、有名な作品では大抵解説書が存在しています。硬軟幅広い読者層に向けたものがあるのも嬉しいポイント。初読では読み飛ばしていたことも、その意味や原典での扱いを知れば楽しくなります。

江川卓著「謎解き『カラマーゾフの兄弟』」は面白かったです。実際に訳している方が書いているので、日本の読者が立ち入れない原典の更に奥底を照らしてくれます。

ドストエフスキーは人物の名づけや登場させる数字に相当意識を使っていたようで、まるで暗号のような面白さ。推理小説的な快感とともに、ややこしい人物名や背景が頭に入ってくるので一石二鳥。

謎とき『カラマーゾフの兄弟』 (新潮選書)

割と際どいところを攻めているので、満員電車の中ではおススメできない…かもしれません(笑)。

最後に

タイトルで「素人目線」と書いているように、深い知識に裏打ちされたものでも、熟読の末に到達したものでもありません。

自分の素朴な感想や魅力ポイントに、それまでのイメージと異なる印象があったので文字にしてみました。「読むべき本」や「難解な思想云々」という声もあるけれど、そういうイメージを裏切られる感覚も面白いですよ。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

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